
ダイバーシティ教育に学ぶ企業の研修プログラムに必要なこと
多様性と訳されるダイバーシティは、ビジネスの現場・企業内の社内規範どちらにおいても一定の理解が進み、広く一般的になってきました。しかし世界経済フォーラムが2021年3月に公表した「ジェンダー・ギャップ指数2021」において日本はいまだ下位。本当の意味でのダイバーシティが進んでいるとは言いがたい実状です。この記事ではダイバーシティの定義と学校教育での取り組みから、企業のダイバーシティ研修に求められることについて解説します。
ダイバーシティ教育を理解するための基本
ダイバーシティ(Diversity)を日本語にすると「多様性」と訳されます。日本においては歴史的・地政学的な背景から、「ダイバーシティ」という言葉が人種や宗教などの文脈では多用されず、性別や障がい者、働き方などの文脈でビジネスの現場において普及してきました。
しかし、労働力人口の減少や労働環境における人権問題などを背景に、性別や障がい者、働き方という観点だけではなく、ダイバーシティという言葉が本来持つより多様な範囲まで認識が広がっています。以下ではダイバーシティの意味について分類や価値観の基本を紹介していきます。
■不変的ダイバーシティと可変的ダイバーシティ
中村豊『ダイバーシティ&インクルージョンの基本概念・歴史的変遷および意義』によると、ダイバーシティという言葉が持つ多様性は、様々な種類に分かれています。
1つ目の分類は、不変的なものか、可変的なものかという側面です。
不変的なダイバーシティとは他人が変化させることができないような属性としての分類です。性別や国籍、人種、民族、LGBTQ、出身地、身体的な特徴、価値観などが含まれます。
一方、可変的なダイバーシティは、自らも外的要因でも変化させることが可能な属性。例えば、経歴、職務経験、教育、未婚・既婚、所属組織、勤務形態、収入、働き方、ライフスタイル、趣味などが挙げられます。
■表層的ダイバーシティと深層的ダイバーシティ
ダイバーシティの分類には、表層的か、深層的かという側面もあります。見た目でわかる事柄なのか、考え方や信念など見た目ではわからない事柄かというものです。
表層的ダイバーシティ(可視)は、性別、人種、身長、年齢、体型などが挙げられます。一方で深層的ダイバーシティ(不可視)は、LGBTQ、コミュニケーションスタイル、働き方、教育、宗教、習慣、考え方、信念などが分類されます。
出典:中村豊『ダイバーシティ&インクルージョンの基本概念・歴史的変遷および意義』
■ダイバーシティ達成に必要なインクルージョン
ダイバーシティと共によく使われる言葉にインクルージョンがあります。インクルージョン(Inclusion)は、「包括」「包含」という意味を持つ英語で、「ダイバーシティ&インクルージョン」と表現されることが多いでしょう。
「ダイバーシティ&インクルージョン」を一言で表せば、「人材の多様性(=ダイバーシティ)を認め、受け入れて活かすこと(=インクルージョン)」。ダイバーシティはあくまでも様々な個性をもった多様な状態であり、インクルージョンがあってこそ、真の意味で多様性を受け入れた社会が構築できます。ダイバーシティ&インクルージョンについては、下記のリンクをご覧ください。
■ダイバーシティが注目される背景
ダイバーシティが注目される背景には、大きく3つの要素が考えられます。
1つ目は少子高齢化を背景とした労働人口の減少。今後人材不足はより深刻になっていることが予想されているからです。
2つ目は働く人の価値観の変化。今の時代、やりがいのある仕事を求めて転職活動を行うことは当たり前に。またワークライフバランスの重視も一般的になってきました。
3つ目はグローバリズムの拡大です。企業の海外展開による現地社員の雇用や国内で外国籍の社員を採用するなどは一般的になってきました。グローバル社員とコミュニケーションするシーンにおいて、日本固有の価値観や慣習は通用せず、相手への理解が必要になりました。
子供の個性を尊重するダイバーシティ教育とは
日本においてダイバーシティが使われ始めたタイミングは、1999年に男女共同参画社会基本法の制定以降だといわれています。つまり20世紀に初等教育を受けた人は、ダイバーシティの教育をほとんど受けてないと考えることもできます。現在の学校現場で行われているダイバーシティ教育の内容を理解して、ビジネスの現場で活用できる観点を解説します。
■ジェンダーバイアスの排除
最近、小学生の通学風景を見たことはあるでしょうか。カラフルなだけでなく、男子・女子にかかわらず様々な色のランドセルを背負っていることに気がつきます。このようなランドセルの色に代表されるように、現在の教育現場では、「男子/女子はこうあるべき」というジェンダーバイアスを刷り込ませないような配慮がされています。日本でダイバーシティ教育が浸透していなかった2000年以前に小学生だった人の多くは、ランドセルの色は男子が黒、女子が赤、という考え方が一般的だったはず。このほかにも以下のようなことを経験したことはないでしょうか。
・呼び方:男子は○○くん、女子は○○さん
・クラス名簿:男子が先で、女子が後
・教科書:男子、女子はこうあるべきといった性別役割分担が描かれている
これらは「隠れたカリキュラム(The Hidden Curriculum)」とも呼ばれ、特別な意識や悪意がなくても「~であるべき」という「らしさに縛る」行為です。現在の学校教育ではこのような隠れたカリキュラムを排除する動きが加速しています。
■同調圧力から自主性の尊重へ
何か決めなければならないシーンで、少数派(マイノリティ)に対して、暗黙のうちに多数派(マジョリティ)の意見に合わせないといけない無意識の圧力があります。「同調圧力」とも呼ばれ、「多数派同調バイアス」の心理を生み出しています。ランドセルを例にすると、大人が「子供は正しい判断ができないか」と思い込み「派手な色を選ぶと後悔するよ」、「男子ならこの色が好きだよね」などと決め付けてしまうのも「多数派同調バイアス」の一種です。
人は失敗しなければ、上手な選び方を身につけることはできません。「自己決定の権利」と「失敗する権利」を子供から奪わないことが、現在の教育の基本になっています。
■リフレーミングで相手の個性を引き出す
子どもの個性を引き出すための「リフレーミング」は、教育の現場でよく行われています。リフレーミングとは対象の枠組みを変化させて別の考え方を持つこと。例えばあれこれ迷って決められない子どもに対して「優柔不断だ」とするではなく、「自分の気持ちに正直である」「納得のいくものを慎重に選ぶ性格」といった気づきを促し、子ども自身の自己理解や自己肯定につなげていくのです。このようなリフレーミングはビジネスの現場においても非常に有効といえるでしょう。相手の個性を引き出すと同時に、多様性の広がりを阻む「らしさ」という意識を取り払う効果が期待できます。
ダイバーシティ教育を企業内研修に活かすためのポイント
企業において上辺だけのダイバーシティにさせないためには、どのような点に注意すべきでしょうか。ご紹介した現在の教育現場におけるダイバーシティ教育や、時代とともに変わる価値観を踏まえて、企業ダイバーシティ研修を行う上での注意点を紹介します。
■時代とともに変わる価値観と捉え方
まず、ご自身の子どもの頃の経験を振り返り、新入社員や若いスタッフに対して無意識的に「らしさ」を求めていないか考える必要があるでしょう。1990年代の後半以降に生まれたいわゆるZ世代は、初等教育においてダイバーシティに根付いた教育を享受してきた人が大半です。そのためZ世代とそれ以前の世代とではダイバーシティに対する素地に違いがあることが考えられます。このような子どもの頃のダイバーシティ教育の差異も意識した企業内研修が必要とされています。
■ダイバーシティ研修を実施する時に注意したいこと
時代によって変化してきた価値観やダイバーシティ教育からのヒントを取り入れることで、ダイバーシティ研修を効果的に行えるでしょう。ここではダイバーシティ研修の企画・実施に携わる人事担当者が注意すべき2つのポイントを確認しましょう。
・参加者の当事者意識を醸成:すべての参加者が「ダイバーシティ研修は自分とは関係ないもの」という意識を取り除き、自分自身もダイバーシティを形成するのだという当事者意識を醸成できる内容にする
・多様な人材を活かすマネジメント方法を伝える:多様な人材の持つ個性や能力を活かすことでダイバーシティは実現できます。そのためダイバーシティ研修ではメンバー一人ひとりを活かした配属やマネジメントの方法を伝えることも重要です。
■ダイバーシティ研修で取り組むべき「アンコンシャス・バイアス」
元々脳は物事を高速で処理するために、ある程度ステレオタイプに判断しようとします。この判断は「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」と呼ばれ、自分自身では気がついていない、モノの見方や捉え方の偏りです。
アンコンシャス・バイアスをそのまま放置すると、社員のモチベーション低下やハラスメントの増加などを生み出す「ダイバーシティの見えない壁」にもなります。例えば「体力的にハードな仕事を女性に頼むのは可哀そうだと思う」「こどもが病気になったときは母親が休んだほうがいいと思う」など。このような悪意も差別もない「何気ない意識」が無意識の偏見、アンコンシャス・バイアスを生み出しています。このアンコンシャス・バイアスについても研修プログラムの中に取り入れ、意識改革を行う必要があるでしょう。
ダイバーシティ経営に必要な要素を教育から学ぼう
日本は男女間格差が大きく、ジェンダー・ギャップ指数は先進国で最低レベルです。ダイバーシティのインクルージョン推進を阻む壁には、多数派同調バイアスや「アンコンシャス・バイアス」などの何気ない意識が大きく作用していると考えられます。今、教育の現場で用いられる何気ない意識を取り除く取り組みにも着目し、ダイバーシティ研修を企画・実施することが必要になってくるのではないしょうか。
出典:男女共同参画局『「共同参画」2021年5月号』
NPO法人クロスフィールズは、社会課題体感フィールドスタディやVRワークショップなど「多様な人や価値観と出会う」事業を通じて、企業のダイバーシティ経営加速を支援しています。具体的な取り組みは公式noteやホームページでご紹介しています。ぜひ参考にしてください。