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エンジニアの枠を超え続けた9年間―原点は「インドの子どもたちとの折り紙」

日立製作所でハードウェアのエンジニアを担当していた鳥越さんは、2013年にインドへ留職しました。帰国後は新規事業の立ち上げやプロジェクトマネジメントなど、エンジニアという枠を超えたキャリアを歩むことに。

その原点には留職で得た「周りを巻き込み、ゼロからイチを創り上げる経験」があったといいます。(聞き手:広報・松本)

鳥越収氏:日立製作所 プロダクツビジネス本部。2013年、同社の第一期生として留職に参加し、インドのコミュニティスクール運営団体にてシステム構築を担当。
帰国後は様々な新規事業の立ち上げに携わる。

留職後は新規事業などを担当

――現在はどんな業務を担当されていますか?

いまは日立ストレージの海外ビジネス部門に所属しています。入社以来ずっとハードウェアのエンジニアだったのですが、留職後はソフトウェア部門での新製品の立ち上げ、プロジェクトマネジメントなどの業務にも携わり、現在はビジネス部門で新製品の企画なども行っています。

こうしてエンジニアという枠を超えられたのは、留職で人を巻き込みながらゼロから新しいモノを創ったという経験があったからだと思っています。

帰国後は自分の留職経験を発信していたのですが、そこで色んな人とつながり、新規事業などに声をかけてもらったんです。新規事業で成果をあげると、また他の新規事業に声をかけてもらって。気づけばここ9年は本当に様々な業務を経験しています。

先生たちの姿勢から見えてきた本当のミッション

――留職ではどんな経験をされたのでしょうか?

私が派遣されたのは、インドで貧困層むけコミュニティスクールを運営するBodh Shiksha Samiti(以下、ボッシュ)でした。そこで私は「相手が本当に必要としているものを汲み取り、一緒に新しいモノを創る」ことを体感しました。

活動当初、ボッシュから「生徒の情報や学習状況がわかるデータベースを作ってほしい」と言われました。でもコミュニティスクールにはすでにPCとデータベースの基盤があったんです。そのため、これらの使い方を先生たちに教えたら現地の課題は解決できると思い、提案をしていました。しかし自分の提案はメンバーに全く響かず、話が噛み合わない日が続きました。

ボッシュが実現したいことは何か……。

これがわかったのは、コミュニティスクールの視察をしてからでした。

学校を視察する鳥越さん、写真右

先生の様子を見ていると、授業後は生徒の様子や学習理解度を手書きでレポートにしていました。スクールでは家庭の事情で欠席してしまう子どもがいたり、それぞれの理解度に差があるなど、一人ひとりに寄り添ったケアが必要でした。そのため先生の業務量がとにかく多かったんです。

なぜそこまでするのかと先生に聞くと「子どもは大変な環境でも学ぶことを諦めない。そんな彼らに中途半端なことはできないんだ」という答えが返ってきました。

「教えてあげている」のではなく、子どもをリスペクトして真剣に向き合う先生たち。彼らの姿には本当に心が打たれました。これをきっかけに、何としても先生と生徒の役に立つものを作ろうと決心し、彼らとの会話を重ねながら必要なものをひたすら考えていきました。

何度も学校に通い、子どもや先生と時間を過ごした(本人:写真右)

そしてたどり着いた答えは、「先生にとって入力しやすい、かつ現状の課題や授業の効果検証ができるシステム」でした。

先生には手書きではなく、PCに生徒のデータを打ち込んでもらう。そのデータは可視化され、生徒の状況を把握したり、今後のカリキュラム作成で活用できたりする。

そんなシステムがあれば先生の負担が減るだけでなく、自分たちの取り組みが子どものためになっているか判断し、次の授業や取り組みにつながると考えたのです。

成功の鍵は折り紙から生まれた信頼関係

――そうして考えたデータシステムは、どのようにして作っていったのでしょうか?

まずはデータ構築に必要な情報を現場の先生から集めてもらうことが必要でした。でも先生達はただでさえ忙しいため、なかなかデータが集まりませんでした。そこでデータシステム自体の試作をつくり、先生に「このシステムでこんなことができるようになる」とメリットを説明し、必要なデータ収集に協力してもらうようにお願いしていきました。

こうしてデータは集まりつつありましたが、もっと必要。この状況を変えたのは折り紙だったんです。

実はコミュニティスクールの子どもと仲良くなりたくて、折り紙を持って行きました。そして放課後には子どもが通る場所に折り紙を展示し、私は隣で実演的に折っていました。

作った折り紙を手にする子どもたち

すると1人、2人と興味を持った子が寄ってきて、ついには30人以上が集まるように。この様子を見ていた先生が「日本人は折り紙で指先の使い方や立体形を学ぶのか!ぜひみんなに教えてほしい」と言ってくれて、なんと美術の授業で折り紙ワークショップをすることになりました。

これがきっかけで先生たちとの距離がぐっと近くなり、自分が作りたいデータシステムについて相談すると、快くデータ収集に協力してくれました。

彼らが集めてくれたデータのおかげもあり、データシステムの試作は完成しました。

先生からは「手書きのレポートより遥かに時間がかからないし、PCから入力しやすい」と言ってもらえましたし、ボッシュのメンバーからは「各スクールが抱える課題発見や、それに応じた改善策の効果検証がスムーズにできるようになった」という言葉をもらいました。

折り紙ワークショップを実施した学校の先生たち

エンドユーザーと同じ価値観を共有する大切さ

――まさしくエンドユーザーの視点で新しいモノを創り上げたのですね。

留職を経験して、これまでエンドユーザーの声を聞くことの大切さをわかっていた「つもり」だったと実感しました。

活動当初はボッシュのメンバーからの依頼に応える意識で、エンドユーザーである先生の声を聞けていませんでした。学校に飛び込んで、子どもたちと豊かな時間を共有し、そこで初めて先生が大切にしている価値観を知ったんです。

すると私のミッションは「子どもの役に立つこと」となり、現場で必要なモノは何か考えてトライ&エラーを繰り返していました。周りの人々はそんな私に共感し、協力をしてくれて、1.5ヶ月の限られた期間で成果を生み出すことができました

これこそ相手の声を聞き、新しいモノを作っていくことですよね。この視点を持って帰国後は様々な事業に携わってきましたし、今後もずっと大切にしていきたい価値観です。

編集後記

留職から9年経っても鳥越さんは昨日のように当時を振り返り、ありありと先生や子どもたちとの思い出を話してくれました。一緒に折り紙をし、学校のイベントに参加したエピソードを楽しそうに語る鳥越さん。留職の1.5ヶ月はご自身だけでなく、現地の子どもにとってもかけがえのない時間だったんだろうな、と感じました。

鳥越さんの中に留職の日々が残っているように、今や大人になった子どもたちの記憶の片隅にも、きっと折り紙と鳥越さんの笑顔が残っているのではないでしょうか。(広報・松本)

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