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インドネシアで命と向き合うーかけがえのない3ヶ月の留職

NHKテクノロジーズの山﨑さんは2016年にインドネシアで留職し、HIVなどで苦しむ子どもたちへの緩和ケアに取り組む団体にて動画制作などに取り組みました。

現地で看護師や子どもたちと触れ合うなか、様々な経験をした山﨑さん。
留職での活動と、その後の活躍について伺いました。

山﨑優輝氏:番組技術職としてNHKテクノロジーズ(旧 NHKメディアテクノロジー)
に入社し、ドキュメンタリー番組などの撮影業務を担当。
2016年にインドネシアへ留職し、帰国後2018年より鹿児島局への赴任を経て
2023年より東京に再赴任。番組制作に携わる。

命と向き合う現場のスピードに圧倒される

――留職に参加したきっかけを教えていただけますか?
留職に参加したのは、入社5年目のタイミングでした。学生時代から国際協力に関心があり、「映像制作を通じた国際協力をしたい」と入社しました。そんな自分にとって留職は実際に現場で活動できるチャンスだったので、思い切って社内公募に手をあげました。

派遣先はインドネシアを拠点に活動するRachel House(レイチェルハウス)でした。レイチェルハウスはガンやHIV、AIDSなどで苦しむ子どもたちや患者家族への緩和ケア、地域コミュニティの医療従事者への研修事業などを展開するNPOです。

私は3ヶ月にわたり、レイチェルハウスがファンドレイジングで使用する動画の制作や広報用の写真撮影をメインに活動することになりました。渡航前は「映像制作でどれほど団体に貢献できるのだろうか?」という気持ちと、英語で成果を出すことへの不安でいっぱいでした。

――実際に渡航して、どのような経験をしましたか?

渡航してすぐ、レイチェルハウスのスピード感に圧倒されました。渡航前は「インドネシアは日本よりもゆったり働いていそう」と想像していたのですが、実際にはものすごいスピードで意思決定がされ、各スタッフが忙しなく業務を行っていました。その理由は向き合う相手が病気で苦しむ子どもたちだからでした。日々刻々と病状が変化する子どもに対峙するなか、レイチェルハウスの看護師や運営メンバーは必然的にスピード感を持った対応が求められていたんです。

そんな環境に圧倒されると同時に、「自分はゲストではなく、メンバーとしてここにいるんだ。成果を出さないと」と気が引き締まったことを覚えています。

渡航後、早速メンバーと打ち合わせ(本人・写真左)

現場訪問でも印象的な出来事がありました。それはレイチェルハウスが緩和ケアを提供するガン患者の子どもに会いに国立病院を訪問した時のことです。

彼は胃ガン摘出後に足の付け根にガンが転移し、放射線治療を続けていましたが、「もう辛いから死にたい」と口にしていました。レイチェルハウスの看護師から「彼に何か言いたいことはある?」と聞かれても言葉が見つからず、そんな自分に対してものすごく無力感を覚えました。

その時はとても落ち込んだのですが、一方で「レイチェルハウスの活動に貢献して、彼のような子どもの力になろう」という気持ちが生まれました。

この経験は3ヶ月間の留職だけでなく、今でも自分のなかに残る強烈な原体験となっています。

留職でコミュニケーションに対する意識が変化

――留職中、大変だったことは何ですか?

私は団体のPR動画やSNSのムービー、インドネシアで緩和ケアの認知を広めるための動画制作などを担当しました。そのなかでカメラマンとしての業務だけでなく、普段は行わない企画業務やスケジュール調整、その後の編集などディレクター的な振る舞いをすることが必要だったのですが、これに苦戦しました。

最初は団体のスタッフに撮影したい動画のイメージを伝えて、彼らが撮影対象者を提案してくれることを待っていたのですが、なかなか出てこなかったんです。すると撮影も実施できず、何も進まない。どうしよう……と焦っていた際に、クロスフィールズの担当者からかけられた「自分から動かないと、何も起こらないのでは?」という言葉にハッとして、積極的に看護師の現場に同行していきました。

現場の仕事を理解してきたところで「こんな映像を作成したいから、この看護師の担当する業務を撮影したい」と具体的な提案するようにしました。そうしたらスタッフも動いてくれて、一緒に撮影の段取りをしたり、動画の構成を考えたりしてくれました。 

この経験からコミュニケーションは自分から取るものだという意識に変化していきました。例えば看護師に「あの患者の撮影をしたいんだけど、撮影許可の依頼とスケジュールの調整はできる?」と相談したら、忙しいなかでも協力してくれました。「自分がどうしたいか、なぜやりたいか」をきちんと伝えると相手も動いてくれて、物事が前に進むと実感しました。

メンバーと映像制作に取り組む山﨑さん(本人・写真右)

忘れられない1枚の写真

――現場で子どもたちと触れ合うなか、印象的だった経験があったそうですね

動画制作のために撮影をするなか、いつも「目の前で病気に苦しむ子どもに何もできない」という葛藤がありました。自分が作る動画によってレイチェルハウスの活動が広まり、活動資金が集まれば緩和ケアもより拡充できる。そうわかっていても、「自分のような外国籍の他人が子供達にカメラを向ける事は暴力的なのではないか。どうしたら彼らにカメラを向けていい存在になれるか?」と悩んでいたのです。

そんなある日、看護師とのミーティングで「周囲にいる人々が、子どもやその家族に寄り添うことも緩和ケアにつながる」という話を聞いて、「自分も緩和ケアをする一員として相手と接していこう」という意識に。加えて、緩和ケアの勉強会で出会った講師の「ただそこにいて、手を握ってあげるだけでいい」という言葉に後押しされて、言葉の壁などを気にせず子ども達と関係を築いていくようになりました。

こうして子ども達との交流を重ねていくなか、今でも忘れられない1人の男の子がいます。彼はカメラが嫌いですぐにそっぽを向いてしまうような子でした。そこでカメラはしまって一緒に遊ぶような日々を過ごしていたら、徐々に私の前でも笑ったり、ジェスチャーで何か伝えたりしてくれるようになりました。

一緒に動物園に行った時は手を繋いだり、彼から「抱っこして」と言ってくれるようになりました。そしてある時からはカメラに顔を向けてくれるようになり、写真も撮らせてくれたんです。自分だから撮らせてくれたのかな、自分という存在に安心してもらえたのかな……そんな気持ちになり、これまでの子供たちとの関わり方は間違っていなかったと実感した瞬間でした。

文中に登場する男の子と山﨑さん

しかし留職後半のある夜、HIV患者だった彼は突然4歳で亡くなってしまいました。彼の死を知った時、悲しみのあまり仕事も手につかなくなったのですが、看護師が「彼は生まれてからずっと戦い続けてきたんだ。今はやっとその苦しみから解放されて先に亡くなっていたお母さんと一緒になれたんだよ」と言っていたことが印象に残っています。

亡くなったことを肯定するわけではないですが、もしかしたら本当に彼は救われたのかもしれない……。これは自分が納得するための言い訳なのかもしれませんが、自分の都合や考え方だけで判断してはいけないことを学ばせてもらいました。

3ヶ月の活動はあっという間で、正直「もっとできたんじゃないか?」という気持ちもありました。でもいま振り返ると、自分が制作した動画が今でも活用されていたり、協働したスタッフが私の帰国後も自ら動画制作をしたりと、レイチェルハウスの役に立てたのかなと思っています。

レイチェルハウスのメンバーと山﨑さん(写真・中央左から3番目)

これからも一歩踏み出し続けたい

――留職を経て、ご自身にはどのような変化がありましたか?

1つは相手とのコミュニケーションを積極的に取るようになったことです。撮影の現場はカメラマン、音声、照明、ディレクターの少人数でチームが編成されており、留職前は「相手にすべて伝えなくてもわかってくれるはず」という前提で、最低限のコミュニケーションしかしていませんでした。

しかし留職でコミュニケーションの大切さを実感し、相手に何か伝えることへの苦手意識を克服してから、帰国後は現場スタッフ一人ひとりの考えを聞いたり、自分から提案したりして、積極的に動けるようになりました。

また、留職後はドキュメンタリー番組の制作をメインに担当してきましたが、レイチェルハウスで「命と向き合った」経験から、医療や福祉の現場での撮影ではある種の覚悟と、取材する方々の想いを尊重する気持ちを持って撮影に入れるようになったと感じています。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

これは入社当時からの夢ですが、番組制作を通じて国際協力ができればと考えています。留職を経てどんな仕事も社会課題の解決や海外で困っている人の助けになると考えるようになりました。目の前の仕事も国際協力につながるという意識で、挑戦し続けたいと思っています。

病気で苦しくても一生懸命生きていた彼らから、「日々生きていくことの尊さ」を学ばせてもらいました。だからこそ自分も一日一日を大切にして、何事にも全力で取り組んでいきたいです。

編集後記

一生において、3ヶ月はどれほどの期間なのでしょうか。おそらく多くの人は短く感じるかもしれません。しかし山﨑さんが出会った子どもたちの「3ヶ月」はかけがえのない時間であり、山﨑さんは彼らとの時間で沢山の思い出を創っていったのだと感じました。そんな山﨑さんが制作する番組は、観た人々が何か考えたり、社会課題に目を向けたりするきっかけになっていくのだろうなと思っています。(広報・松本)

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留職中に山﨑さんが制作した動画は以下からご覧いただけます。 


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