企業人事の目線から考える越境の価値とは?留職導入・中外製薬インタビュー
中外製薬(株)では2023年より留職プログラム(新興国派遣)を導入し、社員2名を派遣しました。今回は同社上席執行役員の矢野さんとプロジェクト・ライフサイクルマネジメントユニット人事担当マネジャーの小嶋さんより、同社の人財戦略における越境プログラムの位置付けや、これから求められる人財などについて伺いました。(以下、敬称略)
世界のトップイノベーター企業を目指した人財育成施策
――はじめに、貴社の人財育成戦略について教えていただけますか?
矢野:当社は「TOP I 2030」という成長戦略を掲げています。“TOP”には、「日本ではなく世界のトップイノベーター」を目指す想いがあり、“I”は「イノベーター」と「私=I」の2つの意味が重ねられています。後者については価値創造の原動力は「人」であり、私たち一人ひとりが「TOP I 2030」の実現を目指す主役だ、という意味が込められています。
社会が激しく変化するなかで当社にしかできない事業を創造し、グローバルな社会課題をイノベーションで解決していく。当社はそのような「世界のロールモデル」となることを目指しています。
「TOP I 2030」の実現のために必要なことは、組織全体が変化していくことです。そのためには組織を構成する社員一人ひとりも変化する必要があります。そのような理由から当社の人財戦略では「個」に着目し、自律型人財の育成に取り組んでいます。
具体的には、会社のビジョン・ミッションと、自身のパーパスをシンクロさせ、考えながら周囲を巻き込んで事業を推進できる人財の育成を目指しています。自分は何を成し遂げたいのか、そのために不足している素質は何か。これらを考えて行動し、周囲を巻き込んでいける人財を多く輩出するため、様々な人事施策に取り組んでいます。
――留職プログラム(以下、留職)導入のきっかけを教えてください。
小嶋:実は留職は当社の社員からボトムアップで提案があり、経営陣の承認を得て導入に至りました。留職の概要を聞いた時、「新興国に3ヶ月も滞在して社会課題解決に挑むというのは、これまでの研修とはかなりスケールが違うな」と感じたことを覚えています。
当社ではこれまで海外での語学研修やボランティアプログラムなども実施してきましたが、留職ほど現地に入り込み、社会課題の解決に向けて業務に取り組むものは初めてでした。
矢野:1人で全く知らない組織に行き、そこで課題解決するプログラムは他に例がなく、自律型人財育成につながると思いました。同時に当社はグローバルレベルで社会課題解決を目指しているので、そのような視点を持つ社員を増やしたいことも重なって、2023年に留職の導入を決めました。
当社の人財育成体系は「3-6-1の公式」に基づいています。これは3割の全く新しい経験、6割の既存業務におけるタフアサイメント、1割の研修によって人財が育まれるというものです。このなかで留職は「3割の全く新しい経験」に位置づけて実施しています。新興国の社会課題の現場という全く異なる環境に越境し、文化や言語が異なるなかで現地の人々と協力して課題解決に取り組むなかで、個人の主体性が磨かれると考えました。
主体性を育むのに越境経験が有効だと考える理由として、私自身の経験があるかもしれません。海外駐在でマーケティングを担当していた時代に様々な国を訪問しており、言葉が通じない環境でコミュニケーションを取らないといけなかったり、予期せぬトラブルに見舞われたりする経験を何度もしました。
そのとき、「相手と自分の気持ちを丁寧に重ね合わせることの大切さ」を体感しました。言葉や文化が異なる相手と協働して事業を成し遂げた経験を自分がしているからこそ、社員には全く異なる環境で挑戦してもらいたいと思っています。
留職(新興国派遣)を導入した背景と期待
――留職プログラムが公募制の理由を教えてください
矢野:当社の研修はタレントプールの社員を選抜する形で実施することが多いなか、留職を公募制とした理由は、応募の時点から社員の主体性を重視しているためです。
会社は留職を「挑戦する機会」として提供し、社員はこれを「自身の成長の機会」ととらえる。「留職に参加したら、自分はどのような成長ができるか?」をしっかり考えて、そのうえで挑戦してみようと応募に踏み切れる社員に参加してもらいたかったため公募制にしています。
小嶋:公募制が珍しいだけでなく、留職は3ヶ月も職場を離れるものなので、当初は「どれほどの社員が関心を持ってくれるのか」という気持ちもありました。しかし社内イントラへの告知や矢野の役員ブログを通じた発信などアナウンスを繰り返したことも功を奏して、説明会には40名以上が参加。最終的には25名の社員が応募してくれました。
選考では応募者の社会課題解決への関心の高さやキャリアに対する考えの深さが伝わり、人選は本当に難航しました……。それと同時に留職はこれまでの研修にない新しい仕組みだったので、社内制度の変更など実務的な調整も行いました。
――選考の結果、留職の派遣が決定した2名にはどのような期待がありましたか?
矢野:派遣となった研究職の松木さんとマーケティング部門マネジャー職の永山さんは、それぞれ社内ではリーダーやマネジャーを経験していました。しかしそれは全て社内での話。社外の全く新しい環境に飛び込んで、「伝わらない」という経験をしたり、現地の人々と協働して社会課題解決に取り組んだりしたことはあまりありませんでした。
そのため留職で価値観の違いを受け入れながら周囲を巻き込んで現地貢献を実現していくような経験を積むことでさらなる成長を期待しました。実際に2名ともそれぞれ現地で壁に直面し、もがきながらも現地の方々と協力して成果をあげる経験をし、周囲を巻き込んでチームを動かすリーダーシップが大きく伸びたと感じています。
カンボジアに派遣された松木さんはこれまでずっと研究職でしたが、留職中は現地団体の組織マネジメントにも携わり、自ら周囲を巻き込んでリーダーシップを発揮する経験をしました。言語も文化も異なる環境で諦めずに留職をやり遂げた経験を経て、彼は「自分を信じる力」が大きく伸びたのではないかと思います。
一方、インドに留職した永山さんは海外での業務経験があるマネジャー職でしたが、そんな彼が新興国の社会課題の現場に越境することで、さらに突き抜けるような大きな変化が起こることを期待しました。実際にインドの貧困問題を自身の肌で体感した永山さんは内省を繰り返し、自身の軸となるパーパスを見つけて帰ってきました。
小嶋:彼らの留職にはクロスフィールズさんが手厚く伴走してくれたので、新しい取り組みでも安心して実施できました。
派遣前の団体マッチングや派遣中のフォローと当社人事部との連携、活動後の効果測定(アセスメント)など、プログラム体系がしっかりしており全面的に業務をお任せすることができました。担当のプロジェクトマネジャーの方々の、2名の成長ためには遠慮も妥協も一切しない姿勢も頼もしかったですね。
他者との協働経験がイノベーションを起こしていく
――今後の展望について教えてください
小嶋: 留職者は「現地に越境して終わり」ではなく、自身の経験を社内に広めてもらうことで、組織変化のきっかけになることを期待しています。
例えば留職者を中心とした社内コミュニティを作り、そのなかで切磋琢磨し、自身の経験を社内に還元する動きを作り出したいと考えています。留職プログラムはどうしても派遣できる社員の数が限られてしまうので、留職者の経験をより多くの社員に伝播させ、組織の変化を起こしていきたいです。
矢野:留職のような仕組みをもっと広げたいですね。国内・海外など場所は問わず「新しい環境でイノベーションを起こす」ということを社員一人ひとりが主体的に行えたら、組織としてさらに世界のトップイノベーターカンパニーへと近づけると考えています。
これまで当社は全て自社で完結する傾向が強く、社員もなるべく1人で業務を完遂させるカルチャーがあったのですが、これからの時代は社内だけでなく社外の知識や技術とつなぎ合わせて、社会が必要としているものを創造する力が求められています。
この実現に向けて大切な人財は、異なる価値観を持つ相手と対話を重ね、自身と相手の想いを重ね合わせて、協力しながら事業をリードできる人。こうした人財を育むために、今後も社員には越境を通じて社外の人々とイノベーションを起こす経験を提供することにより、「TOP I 2030」の実現を目指します。
インタビュー後記
インタビューを通じて、矢野さんと小嶋さんは留職者を応援するだけでなく、彼らを全社で応援しようというムーブメントを生み出しており、お二人の情熱に私自身も刺激と勇気をもらいました。その背景には、中外製薬さんが目指す「社会課題解決をリードする企業として、世界のロールモデルとなる」ことの実現に向けて、お二人が真摯に向き合っているのだと感じています。クロスフィールズとして、今後も中外製薬さんと社会課題解決を力強く推進し、未来を創造するパートナーとして成長していきたいです。(クロスフィールズ法幸)
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中外製薬から留職に参加した永山さんの記事は、以下よりご覧いただけます。
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