無力感、伴走者……越境学習に重要なものとは?石山恒貴氏 ×中外製薬・矢野氏〜プログラム参加者3,000名突破記念イベントレポート・後編〜
クロスフィールズは2024年10月30日にプログラム参加者3,000名突破を記念したイベント「社会課題の現場への"越境"が組織と社会に与えるインパクトに迫る」を開催しました。
後編では2023年より留職プログラム(以下、留職)を導入している中外製薬株式会社 上席執行役員の矢野さんにご登壇いただき、同社の人材育成戦略や留職を取り入れた背景などについて、石山さんも交えて伺いました。
(前編はこちらよりご覧ください)
導入してわかった留職の効果と人事施策の工夫
矢野:留職を導入したきっかけは2020年に実施した「SDGsコンテスト」でした。これは中外製薬グループの全社員から社会課題の解決策や社会に新たな価値を生み出すアイデアを募集したものです。そのなかである社員から「留職を実施する」という提案があり、これをもとに経営陣で検討し、実施へと至りました。つまり留職自体が社員の自律性からスタートしたのです。
留職の実施を検討するなかで「これは当社の人財育成の戦略に組み込めそうだ」と思い、SDGsコンテストの施策ではなく人事施策として行うことになりました。当社は2030年に社会課題解決をリードする「世界のロールモデル」となることを目指しており、そのために「社会課題に関心を抱き、本質的な課題を見極め、圧倒的な当事者意識を持って課題に向き合う人財の育成」に取り組んでいます。留職はこの実現に向けた施策の1つとして取り入れていきました。
2023年と24年はそれぞれ2名ずつが留職に参加し、新興国で活動しました。参加者は公募で募集しています。初年度は「このプログラムに手を挙げてくれる社員はいるのだろうか」と不安もありましたが、実際には25名もの社員から応募がありました。
留職では、現地に行くと決まった仕事が準備されているわけではなく、周囲の人々と話して自分がやるべきことを見つけていく必要があります。そのなかでベストな方法を見つけて「自分が取り組みたい」と思った社会課題の解決に挑戦していく……このような経験を通じた成長実感はとても大きいと感じています。実際に留職から戻ってきた社員はそれぞれの環境で活躍しており、なかには留職から1年経たずしてマネジャーになった人もいました。
留職を導入する際、人事部として工夫したことがいくつかありました。1つが経営チームの巻き込みです。人事役員ある私が社内ポータルで進捗を発信したり、留職者には帰国後に経営会議に来てもらい、留職での成果を経営チームに発表してもらったりして、経営層も巻き込んでいきました。2つ目が公募制です。選考では留職を通じて実現したいことを宣言してもらっており、応募の時点で自律性を重視しています。
最後に、留職者の成長を他の社員が応援する仕組みを作っている点です。具体的には社内SNSで留職者に発信してもらい、他の社員がコメントやリアクションを通じて応援していくものです。実際、社内SNSでは留職者が「何をすればいいかわからない」という暗中模索している様子や、解決策を見出した様子などをリアルタイムで共有しており、それに対して他の社員たちが応援コメントを寄せていました。SNSを通じてアイデアを募集した留職者もいましたね。
留職中も社員を巻き込んでいった結果、全社的に留職に対する注目度があがり、初年度の留職報告会には100名以上が申し込むほどでした。
KPIだけでは測れない越境プログラムの効果
ここから石山さん、矢野さんを交えたクロストークで越境プログラムについて深堀りしていきました。
小沼:石山さんに伺いたいのですが、中外製薬の越境プログラムはどのような特徴があると思いましたか?
石山:人事部だけではなく、矢野さんをはじめ経営層がコミットしているのが素晴らしいです。越境プログラムを実施する際によくある課題が、経営層から「個人の成長をKPIで測れないのか」と言われてしまうことです。しかし越境を通じた成長は定性的で、明確な数値で表すことが難しい。その点、中外製薬では個人の成長を経営層や全社員が目の当たりにし、数値では表せない効果を実感しており、素直にすごいと思いました。
小沼:中外製薬では、人財戦略として越境経験をどのように位置づけていますか?
矢野:当社では、グローバルリーダー人財の育成において、①事業化の責任を負う経験 ②グローバルのビジネス経験 ③全社を俯瞰し、経営戦略を推進する経験 ④未経験領域でも成果を出す経験 の4つを重視しています。
留職をはじめとする越境経験は、特に④に合致していると考えています。異なる環境に越境し、自分の経験がない分野で成果を出していくことは、これからの組織を牽引するリーダー人財に重要な経験です。
無力感、伴走者……越境学習に重要なものとは
小沼:様々な越境プログラムがあるなかで、留職の特徴や価値はどこにあるとお考えでしょうか。
石山:留職は越境学習の一連のプロセスを経験できることが特徴だと思います。つまり一定期間にわたってNPOなどの異なるセクターに越境し、「自身の価値観がゆさぶられ、課題解決に向けて葛藤するなかで自身を俯瞰して見つめ直し、パーパスを見つけていく」という経験ができる点です。
数時間〜数日の短期間の越境でも「価値観のゆらぎ」は起こせます。しかし、模索しながら行動し、自分で解決策を見出して、さらには越境後に所属元の組織と越境先とのギャップに葛藤する……ということは、一定期間の越境だからこそできる経験です。
矢野:当社から留職に参加した社員は、全員このプロセスを経験していました。例えば2023年にインドで留職した永山さんはマネジャーの経験のある中堅社員でしたが、最初は「何をやればいいかわからない」「このままだと何も成果をあげられない」という状況でした。そこから周囲のメンバーと対話し、行動を繰り返すなかで、ある時「自分がやるべきこと」を見つけていき、一皮むけて帰ってきました。
石山:「このままだと何も成果をあげられない」という無力感をいったん経験してみることは、越境経験を風化させないためのキーファクターの1つです。
矢野:永山さんの場合、中外製薬というホームの環境では難なくできたことが越境先では通用しない。でも成果をあげないといけない……というプレッシャーのなかで、自分自身が変化し、行動を起こしていきました。その観点でも、クロスフィールズの伴走はありがたかったです。
石山:研究を通じて、越境経験における「伴走者」の存在はとても大きいことがわかってきました。伴走者はコーチでもあり、メンターでもあり、カウンセラーでもあると同時に、それらの以外の重要な要素もさらに存在するという意義ある存在ではないでしょうか。越境経験者にとって伴走者はどのような存在なのでしょうか?
小沼:この質問は留職事業統括の法幸に聞いてみたいと思います。法幸さん、いかがでしょうか?
法幸:クロスフィールズで留職事業統括を担当している法幸です。留職者に伴走する際に意識していることは、「成長を促進するアクセルと、妨げるブレーキ」を見つけ、アクセルを踏んだり、ブレーキを取っ払うサポートをすることです。
アクセルとは「自分がやらなければいけない」という内発性、ブレーキは「これはできない」「過去うまくいかなったから今回も無理だ」といった抑制要因です。アクセルを加速させ、ブレーキを外すことで、前に進んでいく留職者を何人も目の当たりにしてきました。
人事戦略と越境施策の接続は多くの企業で再現できる
小沼:留職を続けるなかで感じる課題はありますか?
矢野:当社は公募制なので「社員が手を上げてくれるか」という心配は常にあります。今は留職を導入して2年目なので、全社員と経営層ともに注目度が高いのですが、これからも維持し続けることが重要です。そのためには留職だけを行うのではなく、様々な人事施策と組み合わせることがカギだと思っています。
石山:「公募制の施策に人が出るか」というのは、多くの人事部が抱える不安だと思います。重要なのは留職だけ独立した施策にするのではなく、様々な越境プログラム実施し、人事施策と有機的な連携を生み出していくことです。
小沼:最後にお二人より一言お願いします!
矢野:人事部として様々な施策を行うなかで、ストーリーを伝えることが大切だと実感しています。当社ではコロナ禍で服装や働き方を柔軟な形に変えていきました。この際にただ施策を行うのではなく、「なぜ柔軟に変えたのか」など施策の背景も伝えたので、人事部の意図を多くの社員に理解してもらえたと感じています。留職や越境施策も同じです。「なぜ越境プログラムを導入しているのか」を社員に伝えることで、一人ひとりの成長機会につなげられると思います。
石山:今日のお話を聞いた方のなかには「中外製薬さんだからできたけど、自分たちは難しい」と思う人もいるかもしれません。たしかに中外製薬は留職を導入するまでの前提条件は固まっていました。しかし私自身がご一緒している企業の多くが取り組んでいることは、中外製薬とそう遠くないと感じています。実現を阻害するブレーキや加速させるアクセルを探して打破すれば、多くの会社でも再現性は高いと感じています。「今日はいい話を聞いた」で終わらせず、ぜひ再現してもらいたいです。
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当日は懇親会も開催し、多くの参加者がネットワーキング含め親睦や学びを深めるような大変熱気のある場になりました。
参加者からは「越境学習にまつわる最新の動向を把握できたと同時に、人事部の方の言葉で事例を聞くこともでき、デスクアップ調査では把握できない濃密な内容が詰まっていた」「越境による心理的変化から行動に至るまでの整理がとてもわかりやすかった」などのコメントをいただきました。
クロスフィールズでは今後も定期的にイベントを開催予定です。イベント情報はwebサイトやFacebookにて更新いたします。
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