社会課題への越境が与えるインパクトに迫る!石山恒貴氏×中外製薬・矢野氏〜プログラム参加3,000名突破記念イベントレポート・前編〜
クロスフィールズは2024年10月30日にプログラム参加者3,000名突破を記念したイベント「社会課題の現場への"越境"が組織と社会に与えるインパクトに迫る」を開催しました。
当日は法政大学大学院 政策創造研究科の石山恒貴さんと、昨年度より企業の経営施策の一環として「留職プログラム」を導入いただいている中外製薬 株式会社 上席執行役員 人事・ESG推進統括の矢野嘉行さんをゲストにお迎え。社会課題の現場への越境がビジネスパーソンに生み出す変化と、それがもたらす組織・社会へのインパクトについて、それぞれの視点で語っていただきました。
クロスフィールズのプログラム参加者の事例も交えながら、越境学習の意義や企業で活用する際の成功/失敗要因や、実際の企業における活用事例なども語り尽くした特別イベントの内容を前後編でお伝えします!
越境学習による「個人の多様性」がイノベーティブな組織に重要
最初に石山さんから、越境学習の意義や、越境を通じて得られる「イントラパーソナル・ダイバーシティ(1人多様性)」の重要性について伺いました。
石山:越境とは、馴染みのある環境(ホーム)から外の世界(アウェイ)に飛び出してその間を往還する活動を指し、それを通じた学びを「越境学習」といいます。越境学習はこの10年で人材育成の文脈から大きな注目を集めてきました。
石山:越境学習には企業主導と個人主導の二種類があります。企業が主導する越境は留職や他社への派遣などがあげられ、人事部門などによる人材育成施策などとして取り入れられてきました。一方で、個人の越境はPTAや副業、ボランティア活動などがあげられます。
どちらにも共通する点として、越境先のアウェイの環境ではホームと異なる価値観を持つ人々と協働していく必要があり、「ホームで通用した方法がうまくいかない……」ということが往々にして起こります。このような葛藤を経験しながら行動し、時に俯瞰して自身を振り返り、次のアクションにつなげていく。このサイクルを何回も回していくことで越境を通じた学びを深めていくのです。
今まで企業の経営幹部の4つの実行力とされてきたものは「分析力・企画立案力・導入力・実行力」などでした。これらは今後も重要ですが、イノベーターのスキルとしては「①異なるものを関連付ける ②現状に異議を唱える ③新しいアプローチを観察する ④多様な人々と幅広くつながれる⑤実験・失敗を繰り返して新しいアイデアを試す」という5つが求められいます(出典:クレイトン・クリステンセン他著・櫻井祐子訳(2009)『イノベーションのDNA』翔泳社〙。
また今後は、個人のなかにある多様性が必要だといえるでしょう。これをイントラパーソナル・ダイバーシティ(ひとり多様性)といいます。
石山:イントラパーソナル・ダイバーシティを持つ人々が集まる組織は、異なる価値観が共存している状態で、様々なアイデアが生まれたり、相手と自分の違いを受け入れたりする土壌があると考えられます。越境の経験はこの個人の多様性を育むためにとても良い機会だと思います。イノベーティブで強い組織をつくるためにも、越境学習の重要性はますます高まっているのです。
越境学習の価値は専門的な知識を身につけることだけではなく、異なる環境に飛び込んで行動する経験から生まれるものも大きいです。越境学習者の多くは、多様な価値観を自分のなかに取り込むことを通じて「自分は人生において何を実現したいのか」という自身のパーパスを明確化していきます。個人のパーパスが明らかになると、自身の所属する企業のパーパスとすり合わせて、「自分はこの組織でどのように働いていきたいか」と考えながら、組織でも価値を発揮できます。
特に留職に参加した多くのビジネスパーソンは、未経験かつ難解な「社会課題解決」に取り組むなかで、葛藤しながら行動を繰り返し、自身のパーパスを磨いていきました。これらの留職の事例を多く見るなかで、越境の期間だけでなく越境の「幅」も重要だとわかってきました。
越境プログラム参加者への調査で見えた「社会課題の現場への越境」の価値
次にクロスフィールズ小沼より「越境学習がどのようなマインド変容と行動変化につながるか?」について、石山氏・ビジネスリサーチラボ社との効果検証の結果を参照しながらお伝えしました。
小沼:クロスフィールズは2011年の創業以来、留職や社会課題体感フィールドスタディを通じて3,000名以上のビジネスパーソンに社会課題の現場に越境する体験を届けてきました。そして2023年より、石山さんおよびビジネスリサーチラボ社と「社会課題の自分事化は具体的にどのような要因で促進されるのか」という調査を行ってきました。
結果、社会課題の自分事化は「俯瞰」「危機感」「内発性」の3要素で促進されることが明らかになりました。その内容を説明した理論モデルがこちらです。
今回の理論化において興味深かったポイントは、「ルールや規制など一般的な規範ではなく、自分の中から湧き上がった危機感や内発性でこそ自分事化が促進される」という点でした。
小沼:この理論モデルの実証として、クロスフィールズのプログラム参加者(以下、アラムナイ)と一般モニターへのアンケート調査を実施しました。その結果、一般モニターと比較してアラムナイの「社会課題に対して自発的な行動を起こす意思」や「社会課題を解決するための活動経験」が、大幅に高いとわかりました。
小沼:同時にアラムナイには個別アンケート調査も実施し、そのなかで社会課題に対して具体的な行動を起こしている方も多いこともわかりました。具体的にはインパクトファンドへの出資や社会課題の解決につながる事業戦略の立案といった所属企業での取り組みや、プロボノや寄付など本業以外での活動など多岐にわたる活動例が見えてきました。
アラムナイへのアンケート調査のなかで興味深かったのが「管理職において特に、本業で社会課題に対して行動を起こしている人の割合が高い」という点です。自分自身で意思決定でき、影響をもたらす範囲も広いことから、本業で行動を起こす人が多いのではと考えています。特に管理職の越境は組織への影響力があり、社会に対してもインパクトが大きいといえるのではないでしょうか。
石山:それは「両利きのマネージャー」の観点でも重要ですね。既存事業の強化(=知の深化)と新規事業の立ち上げ(=知の探索)を両立させる「両利きの経営」がビジネスセクターにおける重要なキーワードになっています。この「知の深化と探索」は組織だけでなく、個人においても必要な能力になっており、越境経験は「両利きマネージャー」の育成とその組織波及にもつながるのだと思います。
越境経験を風化させないために必要なこととは?
ここまでの話を踏まえて、会場からは以下のような質問をいただきました。
Q. 研修などを通じて社員へ越境経験を提供しています。社員自身が越境経験を風化させず、越境後も活かしていくにはどのようなことが必要ですか?
石山:越境経験者にインタビューを行うなかで、「越境中にミッションを完璧に達成できた」という人よりも「もっとできたのではないか」というモヤモヤや悔しさを持っている人のほうが、越境経験を風化させていない印象がありました。
越境後に重要なのは越境経験を語り合える仲間の存在や、越境先と関わり続けることです。インタビュー対象者のなかに、越境先の団体で継続的にプロボノをしたり、同じ社内で越境した人と定期的に集まったりしている人もおり、そういった方々は越境経験とその後がつながっていますよね。
石山:あとは「越境先を自分事化する」ことも風化させない要素です。わかりやすい事例として、企業主導の熱海の越境学習があげられます。その方々は昼間は熱海の社会課題をテーマとした越境学習に取り組みましたが、夜は熱海のスナック文化に親しみ、カラオケなどを満喫したそうです。
結果として、公式な越境学習プログラムが終了しても、自発的に熱海の地域活性化に取り組む方もいらっしゃるそうです。つまり熱海と自分をつなげて、主体的に考えて行動していった結果、越境経験がその後の活動に結びついた事例だといえるでしょう。
小沼:先ほどご紹介した「社会配慮行動」の「内発・俯瞰・危機感」をベースに考えても面白いですね。「熱海はワクワクする」という内発性か、「熱海がなくなったら嫌だ」という危機感か、「(他の場所と比べたうえで)熱海は絶対守らないといけない」と俯瞰した視点で捉えるのか。これらは人によって違うので、「どの要素であれば、その人が駆動し続けられるのか」ということも、越境経験を風化させないために重要だと思いました。
越境後に何らかのアクションを取り、それを周囲が認めることも重要だと思います。「越境前の自分だったらできないような行動を起こせた」と自分自身や周囲が認知することで、自信や周囲への波及にもつながり、越境経験が組織に還元される……というサイクルを生み出すことで、越境が組織知になっていくのだと思います。
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イベントの後編は以下のレポートをご覧ください!
クロスフィールズの越境プログラムについては以下をご覧ください。