国と企業が注目するリカレント教育とは?導入事例やメリット・デメリットもご紹介!
現代は「人生100年時代」といわれ、定年後も年齢に関係なく働き続ける人が今後ますます増えるとされています。こうしたなか、政府や企業の間で今注目されているのが「リカレント教育」と呼ばれる、学び直しによる人材育成策です。この記事ではリカレント教育への注目の高まりの背景や実際の導入事例、企業がリカレント教育を導入することのメリットやデメリットについて紹介します。
リカレント教育とは
リカレント教育の定義
リカレント教育の「リカレント(recurrent)」とは、反復や循環を意味します。そのためリカレント教育は「就職などで一度学校教育から離れた人が、その後も必要なタイミングで何度も学び直し、仕事で求められるスキルや知識を磨いていくこと」を指しています。リカレント教育の発祥はスウェーデンとされ、経済協力開発機構(OECD)が1970年代の国際会議で取り上げたことで徐々に国際的に知られるようになりました。
日本では2010年代後半に政府が掲げた「ニッポン一億総活躍プラン」という政策でリカレント教育の充実が明記され、認知度が向上。主に社会人の学び直しを指すことが多く、英語や会計士、MBAなどのスキル向上と資格取得に加え、特に近年は企業のDX推進の流れから、IT関連の学び直しなども盛んになっています。
通常の社員研修との違い
では、リカレント教育と通常の社員研修との違いは何でしょうか。通常の社員研修は、新入社員や入社〜年目、管理職昇格時など、節目のタイミングで実施されています。
一方、リカレント教育は一定の年齢層や職種の社員に一律に実施するのではなく、社内で特定の該当者や希望者を募って実施されることが多く、これが通常の社員研修との大きな違いです。
リカレント教育の目的は通常の育成フローでは得られない知識や経験を得てもらうことで、既存の事業に新しい視点をもたらしたり、専門性の高い人材を育成したりすることにあります。そのため特定の希望者や該当者に絞って実施されることが多いのが特徴の1つです。
生涯学習との違い
リカレント教育と似た概念として「生涯学習」があります。これは大学などで実施されている社会人講座等を指し、「生涯学習講座」などと称されています。定年後の学び直しを「生涯学習」とひとまとめにしているケースも見られますが、リカレント教育と生涯学習は目的と内容が異なっています。
生涯学習は「豊かな人生を送る」ことを目的とし、趣味やスポーツなど必ずしも仕事に直結しない広義の学びを含んでいるのに対して、リカレント教育は「仕事に活かす」ことを目的とし、内容はよりビジネスでの実用性に即しています。リカレント教育は得た知識をその後の仕事やキャリアに生かすことを前提としている点が、生涯学習との最大の違いといえるでしょう。コロナ禍以降ではオンライン講座も拡大し、注目されています。
なぜ今、リカレント教育が注目されているのか
今なぜ、政府や企業がリカレント教育に注目しているのでしょうか。その背景にはポストコロナにおける社会変化への対応が求められていることがあります。以下で詳しくみていきましょう。
社会変化に対応し、イノベーションを起こせる人材育成が国としても急務
ポストコロナ禍の時代を迎え、DXなどの新しい概念やその分野での技術革新が今後さらに活発になると想定されています。こうしたなか、国は2030年や2050年に予測される産業構造の変化に対応するための労働需給や求められるスキル・課題を公表しました。その結果、日本は諸外国と比べてもこうした課題解決に向けた人材育成が遅れている現状が指摘されています。
企業側の対応も追いついていません。経団連が実施した関連調査では、自社の人材育成施策が環境変化に「対応できていない部分がある」と回答した企業は9割弱に上りました。
時代の変化に対応できなければ企業は新たなビジネスチャンスを掴むことができず、国としても諸外国に産業・技術面などで遅れを取ることにつながります。こうした状況への危機感から、国としてもリカレント教育による人材育成策に注目しているのです。
日本型雇用システムが機能しなくなるなか、企業側も対応が求められるように
リカレント教育が注目されるもう1つの背景として、戦後の日本の経済成長を支えてきた「日本型雇用システム」が、時代の変化に伴い機能しなくなってきていることが挙げられます。
高校や大学卒業後に新卒で社員を一括採用し、定年まで終身雇用するという伝統的な雇用のあり方では、近年の目まぐるしい産業構造の変化や技術革新のスピードに対応できる人材を育成できなくなってきているのです。
海外では「ジョブ型」と呼ばれる、職務内容に応じた雇用形態が主流ですが、日本企業においてもジョブ型へのシフトが生まれています。転職市場では中途採用も活発化しており、こうした背景から個人のスキルアップの重要性が高まっています。
人材の流動性が高まるなか、自社の事業や強みを理解しつつ、異なる視点や経験を活かせる人材は若手だけでなく中堅・幹部層でも今後さらに重要になってくるといえるでしょう。
実際の学び直しの事例は?
リカレント教育の代表的な事例
リカレント教育の事例として代表的なのが英語など語学学習や、IT・プログラミング、MBAなどの資格取得です。人材の専門性を高める目的にも直結しやすく、比較的イメージしやすいのではないでしょうか。これらはオンライン講座も豊富なので様々な情報を比較するのがおすすめです。
こうした例に加え、近年注目されているのが「越境学習」です。越境学習とは、社会人が自身の所属する組織を離れ「越境」し、一定期間他の組織や社会課題の現場を体験することで、新たな価値観や知見を広げてもらう学習方法を指しています。
経済産業省は2年にわたり、越境学習に関する実証事業を行いました。その結果、日常の職場と異なる環境での活動する越境学習には、参加者のリーダーシップ醸成などの効果があり、ビジネスの現場で活躍できる人材育成に繋がることが明らかになってきました。
越境学習についてはこちらの記事もご覧ください。
企業による実施事例
リカレント教育にはさまざまな事例がありますが、企業はどのような形で取り入れているのでしょうか。実際の事例を見ていきましょう。
①キリングループ
飲料会社大手のキリングループでは、ITや簿記、英語やキャリアマネジメント講座など様々な内容でリカレント教育を実施。その後のキャリアや業務につながったという声が聞かれるなど、学びをビジネスに還元する事例が生まれています。
②Zホールディングス
インターネット大手のYahoo!やLINEを展開するZホールディングスグループでは、学び直しを希望する社員に向けた制度を展開しています。博士課程への進学者に対する奨学金や専門性に優れたエキスパート人財を支援する「黒帯制度」など、リカレント教育を支援する制度を実施しています。
③損保ホールディングス
リカレント教育の方法の1つ、越境学習の事例にも様々あります。その1つとして、「留職」プログラムを取り入れた損保ホールディングス社の事例があります。同社はグローバル人材の育成のため、国内外のNPOや社会的企業に社員を一定期間にわたって派遣し、現地の社会課題解決に挑む「留職プログラム」を導入。越境学習を通じた人材育成に取り組んでいます。同社より留職に参加した社員の経験談は、以下のレポートからご覧いただけます。
そのほか、業種に関わらず様々な企業の間でリカレント教育の導入が広がっています。近年は大学と連携してリカレント教育に関するプログラムを提供する動きも盛んになっており、今後も企業による導入事例はさらに増えるでしょう。
リカレント教育のメリット、デメリット
企業がリカレント教育を導入するとき、どのようなメリットやデメリットがあるのでしょうか。ここではメリット・デメリットを紹介してきます。
リカレント教育のメリット
企業がリカレント教育を導入するメリットは、専門的なスキルや新たな視点・経験値を社内に還元できる人材を育成できるため、今後の社会変化に対応するための新たなアイデアやイノベーションが生まれやすくなるという点です。
加えてリカレント教育は社員がキャリア形成について自律的に考える機会の提供にもつながるため、結果的にキャリア形成支援やリテンションにも結び付きやすくなるといえるでしょう。
リカレント教育を受ける個人のメリットとしては、昇給や昇格といったキャリアアップ・スキルアップに直結する点が挙げられます。専門人材としてスキルを磨いていくことも可能になるため、定期的にアップデートを続けていけば、転職時に有利になったり、定年後も年齢に関わらず活躍できたりする可能性も高まるでしょう。
リカレント教育のデメリット
企業がリカレント教育を実施する際のデメリットとして、一時的な社員の戦力減の可能性があげられます。社員がリカレント教育を受けることで一定期間職場を離れたり、勤務時間の中から研修時間を捻出したりすることが想定されるためです。
こうしたデメリットを最小限にするには、フレキシブルに働ける環境整備が大切になります。(株)サイボウズのように、学び直しの推奨のために柔軟な働き方を取り入れたことが、結果的に離職率低下など社員のエンゲージメント向上につながった事例もあります。このような環境整備も並行して進めることで、リカレント教育の普及だけでなく社員のエンゲージメント向上も期待できるでしょう。
学び直しに一定の費用がかかる点もデメリットとして挙げられますが、企業・個人それぞれが使える国の補助金を活用することもおすすめです。補助金の制度の詳細はこちらの厚労省のページで紹介されています。
まとめ:リカレント教育は企業・個人どちらにとってもチャンス
リカレント教育とは、就職などで学校教育から離れた人がその後も何度も学び直し、仕事で求められるスキルや知識を磨いていくことを指します。社会の変化が加速するいま、国・企業どちらも注目する人材育成のアプローチです。
リカレント教育によってより広い視野やイノベーティブな思考を得た人材の増加は、企業にとってはもちろん国としても中長期的なメリットが大きいと考えられています。
特にポストコロナ時代を見据え、変化がますます激しくなる今後に対応するためには、企業も個人も常に自身のスキルや知識をアップデートしていくことが欠かせません。リカレント教育はこうした状況下で新たな知見を生み出す、大きなチャンスといえるでしょう。
リカレント教育には語学学習、IT・プログラミング、MBAなどの資格取得や、自身の所属する組織を「越境」し、一定期間他の組織や社会課題の現場を体験する越境学習など、さまざまな種類があります。まずは自社で育成したい人材像と照らし合わせてリカレント教育の導入を検討してみることがおすすめです。
NPO法人クロスフィールズは、社会人が国内外の社会課題の現場に「越境」する留職プログラムや社会課題体感フィールドスタディなどのプログラムを実施しています。具体的な取り組みは公式noteやホームページでご紹介しています。ぜひ参考にしてください。